11月18日に福山市において、地域理事会が開催されました。その前に鞆の浦で見学会を行いました。

12時50分にJR福山駅前バス乗り場から乗り合いバスに乗って、鞆の浦へ。途中、芦田川に虹がかかり、とても綺麗でした。30分後に鞆の浦バス停で下車、鞆の浦観光情報センターで観光ガイドさんと待ち合わせ、まずは桝屋清右衛門宅を訪ねました。ここは、慶応3年(1867年)に坂本龍馬が「いろは丸事件」の交渉中に泊まったとされています。その当時幕府から命を狙われていた龍馬は才谷梅太郎と名前をかえて、屋根裏部屋である「隠れ部屋」に投宿しており、我々も階段を上がって隠れ部屋に入り、幕末の風雲児、龍馬の気持ちに思いを馳せました。

 

     公開された桝屋清右衛門宅         龍馬が投宿した2階の隠れ部屋

次に頼山陽が宿泊した對(対)仙酔楼を外から眺めました。ここは豪商大坂屋の門楼で、1814年に「山紫水明」という言葉の発祥の地でもあります。鞆の浦の路地を歩き、福禅寺・對(対)潮楼を訪ねました。對(対)潮楼は、福禅寺の本堂に隣接し、江戸期を通じて朝鮮通信使の迎賓館・宿舎として使われた宮殿です。座敷からは正面に望む弁天島や仙酔島の風景を堪能できました。その風景はまるで窓枠が額縁となって切り取ったような一幅の絵のようでした。「日東第一形勝」の景勝地と言われています。

 

     對(対)潮楼から弁天島を望む          對(対)潮楼で集合写真

 続いて鞆の津の商家を外から眺めて、鞆の浦歴史民俗資料館前の広場まで、小高い丘を登りました。歴史民俗資料館は、鞆城跡地に建設され、石垣に当時の名残を感じました。  ここからは鞆港とまち並みが一望できます。

 

   歴史民俗資料館から常夜燈を望む        ガイドの説明を熱心に聞く参加者

 ガイドさんの説明を一通り受けて、坂を下って町並みに戻りました。この通りは道路幅が狭いにもかかわらず交通量が多く、至るところで離合の光景を見ました。歩車分離もなく、安全面での対策も必要であると感じました。澤村舩具店の斜め向かいに、日本最古の町屋建築が建っています。専門家の調査によると江戸時代前期の木造建築だそうです。見学者は皆、悠久の歴史を歩んできた町屋に感動していました。

 

 日本最古の木造の町屋建築            太田家住宅

 通りを南に曲がり、雰囲気のある喫茶店の深津屋を過ぎ、太田家住宅の説明を受けました。ここは国の重要文化財で、保命酒の醸造販売で財を成した旧家です。当時は本陣でもあり、琉球使節の迎賓館としても使用されたそうです。    その後、常夜燈の前で集合写真を撮りました。

  

                 常夜燈の前で記念撮影

  今回は限られた時間で回りましたので、桝屋清右衛門邸と對(対)潮楼以外は、外からの見学となりましたが、また個人的にゆっくり観光したいとの多くの参加者から声が上がっていました。鞆港バス停から福山駅までバスで戻り、福山ニューキャッスルホテルで理事会がありました。福山地区会員との座談会の席で、「協会の委員会で鞆の浦のあるべき姿を検討してみたらどうか」との意見が出されました。

 

      港町風情を感じる雁木            古き良き港の風景が残っています

 現在も残る多くの歴史的文化遺産は,海の道によって鞆にもたらされ,大切な港を守る江戸時代の港湾施設,常夜燈・雁木・波止・焚場跡・船番所跡の5点セットが日本では唯一、鞆港にだけ残っています。鞆の浦を日本の財産だけでなく、世界の財産として残すにはどうしたらよいのでしょうか。皆様のお知恵・ご意見を事務局までお知らせ下さい。