今から40年前、初めて夫婦で旅行に行った先は金沢であった。北陸本線に乗って、確かトンネルの中で直流と交流の切り替えがあり、一瞬電気が消えてびっくりしたことを覚えている。金沢市役所の前に流れる小川だったと思うが、鯉が泳いでおり、兼六園、金沢城、武家屋敷などを見て回り、心洗われる思いで旅をした記憶がある。なかでも九谷焼を見に行った時のことである。色彩豊かな陶器がたくさん並んでいる中に、淡い緑色した上品な色合いの「ぐい飲み」を見つけた。買いたい衝動にかられ思わず手にとって値段を見た。器を元に戻した。なんと、一万円の値札が付いていて、当時とても買える値段ではなかった。そして、その時の衝撃が私の中で生き続けた。

 いつか、器を自分で造りたいという気持ちは、その時から続いていた。しかし、遊ぶ時間がなかったわけではないが、陶芸にかける時間はなかなか作れなかった。50歳になった時、行きつけの店で、「陶芸がしたいと思っているが、時間がないしどこに行って良いかも分からない」と話をした。縁というものは不思議であり、偶然であり、しかも必然であるかもしれない。隣で食事をしている人が陶芸の先生で、店のママに紹介され、土・日に学べるクラスがあるということで手ほどきを受けることになって、はや15年余り経つ。

 粘土から空気を出すためとしっくりくる手触り感になるように土をこね、作ったヒモを重ねて原型をこさえ、手で回すろくろで整形する。形をイメージしたヒモづくり、幾重にも重ねたヒモを一体にするための成形、と基本的な作業を行う。成形する段階で器の厚みを一様にする作業を行うのであるが、いちいち計測することはしないから、手の感触が大切である。しかし、この基本的な作業を怠るとうまく整形できない。どの世界も同じであるが、道のりは遠い。ましてや月に一度の手習いであるからそんなに上達はしない。それでも続けるということはすごいことで、少しはましな作品ができるようにはなった。しかし、集中力がないといい作品はできない。悩みがあるわけではないが、酒が少し残っていたり体が少し疲れていたりで、朝一番にはあった集中力が途中で途切れることは多々あって、ただでさえよくない腕なので、なおさら自分でもなさけないような作品しかできない。それでももったいないからと思って仕上げてきた。15年たってもこんなものしかできないのかという自虐的な気持ちになることもたびたびであるが、造る喜びはそれにも増して大きく、今まで続いている。これからは自分でダメだしをしたものを作品としないようにしたいものだと思っている。



 特別な場合を除き、器は軽いほうが使いやすい。器の重さは下の四分の一で決まるのではないかと思っている。磁器とは違って陶器は少し厚くなる。だからといって重くていいということにはならないので、軽く感じるように造る必要がある。軽くするために薄ければいいかというとそうでもない。度を越した薄さは素焼きの段階で変形してしまう。有田焼を見に行ったときに紙質にみせるためにわざわざ薄くした作品を見たことがあるが、素晴らしい作品だと感嘆した覚えがある。技量がなせる技だとただただ見入るばかりであり、私にはそんな技量はないので変形しないように、そこそこの厚みを持たす心掛けが妥当だと思った。気にせずに造ると重くなるので、ある程度の厚みを持っているが軽く感じるように造る必要がある。器は外観と内側の形をイメージしながら造る必要がある。基本的には、内側は仕上げの状態で造り上げ、成形したものを半乾きの状態で外側を削って整形するのだが、この整形がうまくできると形も奇麗で軽く感じる作品ができる。反対に整形がうまくいかないと重くなる。集中力がないままで削ると、うまく削れなくて重くなったり、反対に削りすぎてそれまでの作業をだいなしにする。

 マグカップのようなものには高台は造らないが、一般的な器にはほとんど高台が設けてある。高台は楽に造れるようで難しいものである。整形の最終段階である高台造りのときに失敗することも多々ある。軽くしようと思って削っていると高台部分の厚みが足りなくて形が崩れるし、削りかたが足りないと重くなってしまう。形と重さは高台造りに左右されるといっても過言ではない。

 以上は成形段階の話であるが、仕上げに釉薬をかけて焼く。習い始めのころは、器に絵を描いたり字を書いたりしていたが、自分にそちらの才能がないことはよくよく分かっているつもりなので、そのような作品を作るのはすぐにやめた。もっとも、最近では思いを変えて、少し努力をしてみようかなとも思っているが。ともかく、釉薬は化学反応によってさまざまな色合いが出る。温度、酸素量、釉薬の組み合わせと非常に微妙であり、その中のどの要素かが少しでも変わると違ったものになる。最近志向しているのは、釉薬の重ね合わせである。釉薬を重ね合わせると溶けて流れる性質を利用して微妙な色合いと文様ができるのを意図している。釉薬の量によっても全く違った感じに仕上がる。それはすべて焼きあがってのことであり、器造りの本質は焼きにあるといって過言ではない。本来そここそ自分で処理したいところであるが、そのためにはもっともっと基本的な勉強をしないと無理である。残念ながら今の段階では、自分が造りたいイメージを先生に伝えてお任せしするしかない状態である。



 いつの日か、自分の窯で思う存分器が造れるようになりたいと思っている。そして、自分の作った料理を自分で造った器に盛って、酒をかたむけ誰かと舌づつみをうつ日々を送りたいと夢見ている60と4歳である。