大成建設㈱中国支店一級建築士事務所

加納秀一

私のお気に入りは、犬養孝著「万葉の旅」(平凡社ライブラリー)です。

著者の故犬養孝先生との出会いは、大学に入学した際、新入生対象の講演会でした。万葉集の世界を分かりやすくお話しして下さり、ご講演の中で、「萬葉旅行之会で山の辺の道を歩きに行くので、皆さん参加して下さい。」とのお誘いがあって、先生のお話にすっかり引き込まれた私は旅行に参加してみました。

万葉集はいろいろな歌が集められて編纂された歌集で、日本各地の地名が詠まれた歌が含まれています。先生は、歌が詠まれた土地に立ち、その風土を理解し、時代に思いを馳せると歌が理解できるとおっしゃっていました。また、古代の歌はメロディーを付けて歌われていたということで、旅行では、先生オリジナルの「犬養節」で歌ってみるというものでした。春や秋には日帰りで近畿を中心に、夏休みや春休みには泊りがけで、山陽・山陰・九州・北陸などへ出かけ、現地で先生のお話を伺いました。建築工学を学ぶ学生でしたが、旅行に数回参加するうちに先生の人柄に魅了されて、先生のもとで萬葉旅行之会のお手伝いをすることになり、いろいろな土地を訪れました。

この旅行会のテキストの一つが今回ご紹介する「万葉の旅」です。先生は万葉の歌とそれが詠まれた土地や風土との関係を研究され、昭和30年代後半に、地名が詠まれたと考えられている場所を隈なく訪ね歩かれ、「万葉の旅」(昭和39年発刊)を著されました。一つの地名が見開きになっていて、右頁に歌の解説、左頁に風景写真という構成となっています。上中下3巻に分かれていて、上巻は大和、中巻は近畿・東海・東国、下巻は山陽・四国・九州・山陰・北陸となっています。

10)私のお気に入り_万葉の旅

平凡社ライブラリーの「万葉の旅」

私は平成24年の秋に関西から広島に異動してきました。広島にいる間に「万葉の旅」に載っている中国地方の万葉の故地を出来るだけ訪ねて廻りたいと思っています。

昨年、25年ぶりに鞆の浦を訪ねました。

海人(あま)小舟(おぶね) 帆かも張れると 見るまでに 鞆の(うら)()に 波立てり見ゆ(巻7-1182)

本文の一節をご紹介します。

「鞆の浦南方海上備後灘一帯は瀬戸内海の東西の潮流がかちあうところだから、人力や風力をたよりにする船の時代には狭い鞆の港もなによりの船泊りだったし、すこし風が吹けば、海上にたちまち白々と三角波の立つようになるのもむかしいまと変りはない。その海上いちめんの白波を“海人の小舟が帆でも張っているのか”と思いまがうこの歌は、いはば古代の新感覚ともいえそうである。潮流のはげしく激しあうところだけに、古代の船旅の人にとっては心細さや不安もまたひとしおで、・・・」(「万葉の旅」下巻P.72)

「鞆の浦に波が立っている」という事象を詠った歌ですが、鞆の浦を目の前にして、この本を読みながら歌を詠むと、イメージが広がり、理解が一層深まります。

対潮楼からの眺めは当時と殆ど変わらず、風景がそのままであったことを嬉しく思いました。

「万葉の旅」は、万葉集への世界へタイムスリップさせてくれるガイドブックです。

皆さんも旅行のお供の一冊に加えていただき、訪れた場所で万葉の世界を味わってみて下さい。

10)私のお気に入り、鞆の浦にて_加納

 

對潮楼より弁天島を臨む著者