HOME > 建築文化賞 > 第6回広島建築文化賞 > 審査講評
建築文化賞
第6回ひろしま建築文化賞
第6回ひろしま建築文化賞 審査講評
審査委員長 岡河 貢 
今回の(社)広島建築士事務所協会の主催する建築賞の審査は「ひろしま建築 文化」という言葉の意味を21世紀の建築の問題として考えることから始まりました。
建築士事務所の社会的位置付けは建築の専門技術者として建築の安全と建築 の利便性に対して保証することはもちろんのことです。さらに文化としての建築を 社会に対して提出するという役目を評価することがこの賞の意義であると考えました。
遠くローマの建築士ヴィトルヴィウスはその建築書に「建築は用・強・美より成り立つ」ということを書き記しています。
このなかの「美」という言葉について建築の「喜び」と訳すことが正しいのではないかということを私の尊敬するある建築士が言われていました。
文化とは喜びをつくることであると考えると、建築士事務所の仕事として建築の喜びをいかにつくりだしていることを評価するということが審査のひとつの基準となりました。
わかりやすく言い換えると「ひろしまの建築の喜び」がつくられていることが評価の基準となったと言えます。
この賞の審査にあたって地方建築ということについて考えました。それは地方という概念には中央という概念が一対としてあります。近代モダニズム建築はもともとヨーロッパのいくつかの地方で生まれたものですが、アメリカに渡ってインターナショナルスタイルという概念でくくられることになりました。この概念は国際様式という抽象概念として近代モダニズム建築を普遍的にするとともに、建築の工業化は均質な建築を世界中のどこにでも作ってゆくことになりました。日本においては分離派の建築運動のメンバーであった堀口捨己がすでに日本のアイデンティティと国際的近代モダニズムの問題から建築デザインを追求してゆきます。この近代建築における日本のアイデンティティの問題はさらに丹下健三さんの世代によって追求され一つの完成をみます。この時の建築はナショナルモダニズムということになります。つまりこれは中央の建築文化ということです。中央で完成されたナショナルモダニズムと普遍的な国際様式を地方へ普及させることが戦後の日本の近代モダニズム建築による地方をつくりあげることになりました。多くの地方庁舎建築と均質なオフィスビルが地方の焼け残った伝統的な町並みに戦後加えられて地方都市は現在に至っています。
このとき地方のアイデンティティは近代以前につくられた町並みや建物だけになってしまいました。21世紀の建築の文化の可能性について考えると、地方のアイデンティティを近代以前の町並みや建築だけにたよるのではなく、創造することが大切だと思います。それを場所のモダニズムと名付けています。この時ひろしまは地方の建築がつくられるところではなく、ひろしま地方で場所のモダニズム建築がつくられるということです。
私は21世紀の建築の文化の可能性は地方からモダニズム建築が創造されることにあると考えています。今回のひろしま建築文化賞の審査にあたっては場所のモダニズムとしてのアイデンティティを提示している作品を選ぶこととなりました。その建築は現代の技術を駆使してその場所の喜びを建築としてつくりあげていることということが評価の対象となりました。わかりやすくいうとひろしまでしかできない建築の喜びがつくられた作品を評価したということです。このような場所のモダニズムが創造されてゆくところとしてひろしまは、地方建築ではなく、建築地方となることを希求しつつ審査をおこないました。


